著 : 中島 勝大
その日も僕の家では、家族会議が行われていた。
家族会議と言っても、深刻な問題ばかりではなく、ごく小さな事柄についても
それぞれが自分の考えを遠慮なく発言する。
誰かが一つ何かを口にすると、それに対して次々に自分の意見を
手も上げず発言する。
この 「ても上げずに」というところが会社などの会議とは大きく違う点で
時にはそれは、会議をケンカに発展させてしまう要因にもなっている。
議題には事欠かない。
どんな小さなことでも黙っていられない家族なのだ。
朝の食パンを選ぶことから殺人事件まで、とにかく毎日 会議、会議、会議!
まるで、この家族という会社で働いているように感じることさえある。
その会議の中の一割ぐらいがケンカに発展してしまうようだ。
こうなると大変で、誰が家を出るか? まで話が進んでしまう。
それでも、そこまで話しが進むと、それぞれ落ち着きを取り戻そうという方向に
頭を切り替える・・・
こんな感じが我が家の家族会議である。
その日の議題は?と思い返しても・・・思い出せない・・・。
この程度なのだ。ただその日のものは 「 一割 」 に属するものだった。
皆の声がどんどん大きくなり、一人の話が終わらないうちに他の人が話し始め
それが重なり重なり、とうとう母の口から 『それじゃ、私が全部悪いんかい!?』
という言葉が出てしまった。
『やばいなあ』と僕が思ったその時である。
『ジー・・・』。庭のほうから今年初めて聞く蝉の声。
怖い顔でミサイルを発射した母の表情から すーっと力が抜けて
『あら、蝉だねー』と目を細める。
皆が『ああ、本当だ、何蝉かなー』と頭の中で想像する。
この地方では、独特の呼び方をする。
『ジージーゼミ』 『ミンミンゼミ』 『ホーシンツク』・・・。
一つずつ蝉の名前を口にし、想像する。
家族会議はいつの間にか終わっていた。
数日後、庭から父の声 『おい、こりゃすごい!』
見に行くと、庭の木に蝉の幼虫が脱皮の真最中だった。
うちでは、蝉の幼虫の事を 「ハイコゾウ」 と呼ぶ。
ハイコゾウから、ゆっくりゆっくり淡い、白に近い緑色の翡翠のように美しい
蝉が出てくるのを、それぞれの仕事をこなしながら報告し合う午前中だった。
午後には、色も茶色に変化した蝉を、愛犬たちに食べられないよう
庭の外へ飛ばしたという 父の報告に家族皆でホッっとした。
あの蝉には、次にl発射されるミサイルを、爆発させずに終わらせる力があるはずだ。
少なくても、我が家では。
2006年8月2日 勝大郎